きみのうた
「夕暮れ」



4月30日、舞の誕生日。
授業もHRも終わった仕事前の休憩時間、舞の前に
ののみと瀬戸口が仲良く並んでやってきた。
「なぁ、姫さん。」
「ねぇ、まいちゃん。」
二人が同時に話しかけると、舞は二人の方に顔を向け
「何だ?」
と、席を立ち問いかける。
二人は顔を見合わせたのち、ののみの『せぇの』の声に合わせて
「誕生日おめでとう」
と言い、同時にののみは抱えていた大きな包みを差し出す。
「ののみとね、たかちゃんからなのよ。プレゼントなの。」
ののみはにこにこ笑って言う。
「わ・・・私にか?」
意外そうに驚く舞に大きく頷くののみ。笑顔で示す瀬戸口。
「か・・・感謝を・・・。開けても良いのか?」
舞の腕に抱えられる袋。やはり、結構大きい。
「うん!あけてあけて、まいちゃん。」
ぴょこぴょこ跳ねるののみに促され、舞はごそごそ袋を開く。
「っ!!」
驚きの余り声のでない舞に、ののみは笑顔で言う。
「いっしょーけんめーえらんだの。まいちゃん、ねこちゃんすきだから・・・ふえ?まいちゃん?」
舞は腕の中の巨大ねこさんぬいぐるみに、驚きを通り越し固まっていた。
「あ、あああ、あう。」
暫くして発された言葉も情けない。とはいえ、なんとか動けるようになった舞に瀬戸口はカードを渡した。
「これは、坊やから。」
舞はぬいぐるみを抱いたまま、カードを受け取る。
「厚志から?」
「そ、渡すように頼まれてな。」
そういえば、と教室を見渡すと残っているのは3人だけで速水の姿は無い。
「じゃぁ、後で。」と、瀬戸口とののみも手をつないで教室から出ていった。
教室に一人きり、夕焼けが眩しい。
舞は渡されたカードを開いた。

『これをみたら屋上にきて。
渡したいものがあるんだ。』

事務官加藤に褒められた綺麗な文字でカードには、そう書かれていた。
(何だ、一体。)
そう思いながらも、舞は屋上に向かおうと自席にぬいぐるみを置こうとした時に、どこからか音楽が聴こえてきた。
少し低めの弦楽器の音が風に運ばれ、教室に舞い込む。
(何の音・・・?)
舞がそう思った時、音に併せて歌声が聞こえ始めた。
その歌う声は、いつも舞が聴いている優しく、強い心の持ち主のものだった。
(厚志の声・・・。)
舞は思わず耳を澄ます。
小さな声でたやすく途切れるその歌声に意識を向ける。
やわらかく通るその歌声を彼の歌をききたくて、舞は教室を出る。引き戸の開閉だけでも届かなくなる歌声が切なくて、音をたてないように、それでも急いで屋上に向かう。
夕焼けが紅く照らす屋上で、速水は小さな弦楽器を手にして歌を紡いでいた。
その歌は、楽器は覚えたてのためか少したどたどしくはあったが、込められた気持ちとその詞の内容に舞の心は、じわりと熱くなっていく。
速水は舞が屋上に来たのに気付き、少し照れたような表情をして歌い続ける。
『幸せな歌ではない』と、まりに言われた歌。
しかし、その歌はまるで速水が舞を一人思う気持ちを代弁したかのような、ささやかで、深い願いを込めた歌だった。
たとえば、小さな君のままでいい、と。
そんな君を僕だけが知っているならそれでいいと。
『何があろうと、僕は舞のことを見つめ続けるから。』
そんな速水の気持ちを歌に、音にしたら『こんな形』になるであろう歌。
朱から夜の蒼に染められてゆく美しい空、きっとその空を見上げるだけで幸せになれるであろう彩。
速水は恥ずかしげな笑顔で、舞をみてその歌の彼の願いと言える、一番伝えたい気持ちを歌う。
それは、他人からすると『小さな夢』と笑われるであることだろう。
しかし、きっとそれは『特別な誰か』求める上では大切な願い。

ーきみだけ そばにいればいいー

例えば、それはただ彼女の白く小さな手に自分の手をとれば叶えられる『彼の幸せ』。
最後の一言を歌いきり、速水は優しい笑顔で舞を見る。
舞は夕暮れ空に負けない紅い顔のまま速水を見ていた。


  
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