サヨナラダンス
月明かりに照らされて



あちこち走り回るうちに、陽は暮れて空には星と月が昇っていた。
速水は、はあ と呼吸ともため息ともつかない息を吐き出した。
探し回ったけど、見つからなかった。
「うそつき。」
速水は小さく呟く。『芝村は約束を破らない。』という、舞が口癖のように言っていた言葉に対してのものである。

とぼとぼと校舎に向かって歩き出す。
彼女がいなくては、ここにいても仕方がないと、速水は自己完結したからである。
見上げる空、月が明るい。
上・・・?
弾かれたように速水は走り出した。屋上だ。地上ばかり気にして、忘れていた。
プレハブ校舎の階段を駆け登る。ガンガンと大きな音が鳴るが、気にも止めない。2組の前を過ぎて、屋上への階段を登る。屋根の上が見える高さまで登った時黒い影が、さっと横切った。一気に登りきり速水は声にだして問いかける。
「芝村?」
見渡す屋上、隠れ場になっていた干されたビニールシートの側の影が小さく動いて、今日一日聴けなかった声が速水に向けられる。
「速水か・・・?」
「良かった、帰ったかと思ったよ。」
舞がいたことに安堵して言う速水に、舞はうつむきがちに
「芝村は約束を違えん。」
とだけ言った。「どうしたの?」と聞く前に、舞の姿をはっきりと見て言葉を忘れた。
『とおってもかわいいのよー、まいちゃん。』
そういっていたののみの言葉は、偽りではなかった。
白いボヘミアン調のワンピース。細い共布のリボンでハイウエストで結い上げられたそれは、ののみ同様たっぷりとフレアがとられていて、膝丈のスカートのすそには淡いピンクの薔薇のコサージュが等間隔あしらわれている。
慣れない格好のためか、舞はうつむいたままでも解るほど紅い顔をしていた。
ののみが春の天使なら、今の舞は月の妖精だと思った。
可愛いなんてもんじゃない。言おうとしていた言葉も忘れる程だ。
「じ・・・じろじろ見るな。似合わぬのは、私も解っておる。」
勘違いしている舞の言葉に、速水は、ぶぶぶ、と激しく首を左右に振った。
「ちが・・・っ違うよ・・その、僕、芝村に・・・その・・・。」
思い掛けない姿に鳴り止まない心臓と闘いながら、速水は大きく息を吸って、吐く。
言わなくちゃ、言わなくちゃ。ずっと決めてたんだから。と、自分に言い聞かせると、真っ直ぐ舞を見て手を差し伸べうやうやしく礼をして速水は言った。
「その・・・僕と踊ってください。」
速水の言葉に舞は目を丸くして、更に顔を赤くするとうつむいて言った。
「私と踊る者がいぬからといって、変な気を遣うでない。」
「違うよ!!」
舞の言葉に速水は即答する。
だって、僕は、僕は・・・
「だって僕、芝村と踊りたくて、一番最初に踊りたくてずっと捜してたんだから。」
真剣な速水の言葉に、舞は「うっ」と怯むと、消え入りそうな声で言う。
「しかし・・・私は踊りなど知らぬから・・・。」
速水は、にっこり笑うともう一度手を差し伸た。
「大丈夫だよ。僕も知らないけど、ここなら誰も気付かないだろうから、ね?」
だから僕と踊ってともう一度誘うと、舞はおそるおそる手を伸ばし速水の手を取った。少し冷たい舞の指先が速水の手に触れて
"これが芝村の体温なんだ"
そう思うと、身体が熱くなった。
グラウンドから聴こえる音楽が丁度新しい歌に変わる。
流れるような3拍子、ワルツのリズム。
何時もの堂々とした歩調から考えられない舞の華奢な足取りに合わせるように速水もゆっくりスッテプを踏み出す。
月明かりの下 言葉もなく
少し冷たい 彼女の手のひら
時々、伺うようにこちらに視線を向け
恥ずかしげにまた逸らす。
紅く染まった頬。
最近見えてきた彼女の素顔。

もう、会えないんだ。

もう、見ることすら叶わない。
そう思うと速水の胸は呼吸困難になりそうなほど苦しくなった。
このまま想い出にしたくない。
彼女のとなりに「誰か」が出来るなんて嫌だ。言わないままこの思いを殺してしまいたくない。
「芝村・・・。」
速水の小さな呼びかけに、舞は足元から速水へ視線を向ける。月明かりに光る瞳がまるで本物のアンバーの宝石のように輝く。
「僕・・・芝村のこと・・・。」
「言うな。」
言いかけた速水の言葉を舞は遮る。アンバーの光が揺れ、うつむく。その瞳は悲痛な色が映っていた。
「言うな・・・頼むから。」
小さく震える声で拒絶する。
芝村になると決めた時から、楽しい想い出などなかった。これからも守るべき弱者のために生きていく。
だが、ここに来てわたしの心の中で何かが変わった。
目の前のぽややんとしたこの男を見るだけで、想うだけで心の中が不思議な感情でいっぱいになった。
本当は、今日も小さな期待をしていた。
芝村らしくない・・・本当に芝村らしからぬ事だ。
 だが、心の奥底にこの想いがあれば、
初めての楽しい想い出があれば、これから先も私は芝村として胸を張って生き、そして死んでゆける。
だから・・・だからせめて悲しい想い出にしたくなかった。
我侭なのはわかっている。
だが、その先は聞きたくなかった。
ー例え義理でも嬉しかったからー
会話の終りと共に終わる音楽。
ゆっくりと舞の手が離れ、その温度をさらうように春の風が吹き抜ける。舞は、うつむいたまま「感謝を。」と言うと速水に背を向け歩き出す。速水は舞の手の温度をこれ以上さらわれないように、ぎゅっと握り込み舞の背に向け言う。
「逃げないでよ。」
舞は足を止める。
「ずるいよ。僕の気持ち知ろうともしないで・・・逃げないでよ。」
弱々しい速水の言葉に舞は目を閉じ、覚悟を決めた。
自惚れなどしたくない。
いや、私は芝村だ。決めてしまえばいい。
私が勝手に決めるのだ。
「決めたぞ。」
そう言い、ゆっくり速水へ振り返り宣言する。
「速水、そなたを私のカダヤにする。」
いきなり話を変えられたようで、速水はきょとんとした顔になる。
「かだ・・・や?なに?」
訳がわからないという顔で問うものの、真紅に染まった舞の表情が自分にとって悪い意味の言葉ではないと知った。
「い・・・意味は、今度会えたなら教えてやる。」
それだけ言うと舞は、背を向け階段を駆けおりる。
揺れたスカートの裾の薔薇が咲きこぼれたように見えて、幻想的だった。
"今度会えたなら・・・"
速水は舞の言葉を心の中で繰り返し、地上に降りた舞へ言った。
「約束したからね、芝村。」
速水の耳には舞の「たわけ」という言葉が小さく届いた。



BGM:JudyandMary 「PEACE」
AyanoTsuji 「願い」


  
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